PTSDとPTG
PTSDという言葉を聞いたことがありますか?
PTSDとは、Post traumatic stress disorderの略で「(心的)外傷後ストレス障害」と呼ばれているものです。
災害や事件・事故など、命の危機が脅かされる衝撃的な出来事や、耐えがたい精神的苦痛を経験した後に心が傷ついて、様々な心身の症状に苦しみ、日常生活に支障をきたす状態のことをいいます。こうしたPTSDに長い期間苦しむ人々がいます。
その一方で、そうした大きなストレスを乗り越え、回復するだけでなく、成長を遂げる人々もいます。
このような状態は、PTG(Post traumatic Growth)「(心的)外傷後成長」と呼ばれています。
PTGの実例
PTGの事例は、数多くあります。
代表例としては、オーストリアの精神科医のビクトール・フランクル氏を挙げることができます。
フランクルは、ドイツ軍によってユダヤ人強制収容所に収監され、その中で家族を亡くします。
同じ収容所のユダヤ人がガス室に送られていく中で医師であるフランクルは、傷ついた者に対して出来うる治療を施します。
そうした過酷な中で、自ら打ち立てたロゴセラピーの理論の中心テーマである「人生の意味を見出している人間は苦しみにも耐えられる」ということを実体験し、正当性を証明しました。
また、1991年の湾岸戦争においてイラク軍の捕虜となったロンダ・コーナムさんに見られたPTGからも多くのことを学ぶことができます。
軍医であるコーナムさんは、ヘリに乗って戦火の中でケガをした仲間の救出に向かいます。
しかし、コーナムさんのヘリもまたイラク軍の攻撃を受けて墜落してしまいます。
重傷を負ったコーナムさんは、イラク軍に連れ去られて捕虜となり性的拷問を受け、8日後に解放されます。
コーナムさんは、このように過酷でPTSDになりかねない状況にも関わらず精神的ダメージから回復し、それから20年後にアメリカ陸軍のCSF(Comprehensive Soldier Fitness)と呼ばれるレジリエンスプログラムの総責任者として活躍しました。
PTGを促進させる方法
CSFは、トラウマからの回復にとどまらず、PTGを促すものとして注目されています。
CSFは次の5つの要素によって構成されており、このような手続きを用いてレジリエンスの支援が行われています。
1.トラウマへの反応そのものを理解する
2.不安の軽減
3.建設的な自己顕示性(体験談を話す)
4.トラウマの物語(ナラティブ)を創造する
5.試練に対して揺るぎない包括的な人生の教訓やスタンスを明確に述べる
スタンフォード大学の健康心理学者ケリー・マクゴニガル氏の研究では、PTGを高め、ストレスから力を得るための具体的な方法として、次の3つのステップが有益であることがわかりました。
〈ステップ1〉
ストレスを認識する
〈ステップ2〉
ストレス反応は自分にとって大切なものが脅かされているシグナルと認識し、受け入れる
〈ステップ3〉
ストレスによって生じたエネルギーをストレスを管理するために使うのでなく、目標や価値観の獲得のために活用する
一般的には、PTSDに注目が向けられがちですが、アメリカやイギリスをはじめ様々な国の軍の調査では、PTSDになる人よりも、PTGを経験する人のほうが多いことがわかっています。
また、 ペンシルベニア大学のクリストファー・ピータソン、ナンスク・パク、マーティン・セリグマンらの研究によれば、ひどい出来事を1つ経験した人は、何も経験したことがない人よりも強靭な強さを備えていることを明らかにしています。
更に加えて、ひどい仕事を一つ経験した人よりも二つ経験した人の方が、二つ経験した人よりも三つ経験した人の方が強靭な強さを身につけていることが報告されています。
このようにPTGに関する研究によって、人生に起こる試練や逆境によって生じるストレスは、人生に対してダメージを与えるだけのものではなく、成長をもたらすための働きもしていることが明らかになってきています。
衝撃的な出来事が精神的なダメージをもたらすのは事実です。
そうした精神的ダメージを否定することなく受け入れ、その経験の中から何かを学び取り、新たな人生を創造しようと意識的に取り組むことでPTSDを回避し、PTGを得ることが可能になります。
人は、試練や逆境の中で大きな痛手を受けても、他者とつながりを持つこと、感謝すること、意味を見出すことなどによって、そこから回復し成長することができます。このことを知っていることは、人生をしなやかに生きるために役立ちます。
第2回shiawase2.0に向けて
3/18に慶應義塾大学三田キャンパスで第2回shiawase2.0というイベントが開催されます。
このイベントは、国連が定めた国際幸福デーに関連したシンポジウムで、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科を中心とする有志で運営されています。
昨年度は、幸福学、ポジティブ心理学、マインドフルネス、コーチング、幸せな経営など、心と体と社会的な「幸せ」に関する約30名の専門家が対話プログラムやワークショップなどを提供し、1500人が参加し幸せについて学び、考えました。
私たちAWEも前回に引き続いて今年もワークショップを提供いたします。
内容は、今回の記事のテーマに挙げたPTGです。
人生には、予期せぬ時に突然逆境に立たされて苦難に陥ることがあります。
そのような時に、そこから回復し、更に成長を獲得し、幸せな人生を送るためにPTGを知っておけば、大きな助けとなるでしょう。
第2回shiawase2.0で、多くの皆さんと共に、人生をしなやかに生きる秘訣を学び、幸せについて考えたいと思います。みなさんのご参加をお待ちしています。
参加申込みはこちらから→ 第2回 shiawase2.0
【参考文献】
『夜と霧-ドイツ強制収容所の体験記録』V.E.フランクル著、霜山徳爾訳.みすず書房
『ポジティブ心理学の挑戦-“幸福"から“持続的幸福"へ』マーティン・セリグマン著、宇野カオリ監修,翻訳.ディスカヴァー・トゥエンティワン
『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』ケリー・マクゴニガル著、神崎朗子訳,大和書房
文責:渡邊 義